理想を描くことの無意味さ

‘理想を描きましょう’と言われるけれど

「えっ?そんなんでいいんですかい?」と思ってしまう

わたしはもっと欲張りだよ

理想なんてものは、自分が知った範囲からしか描けないじゃない

ちょっと例えが変だけど

毎日食うに困る難民キャンプの子どもが

理想を描くとするならば

「毎日、家族全員が食べられますように…」

日本のようにフードロス削減を!な国を知らないだろうから

「食事の種類を選べますように…」

なんて理想は描かないよね

想像(理想)を超えた世界は存在するのに

知った範囲という枠を超えることができない

そしてもうひとつ

同じ枠だって成長に伴って拡がる

小学3年生が知る世界と

中学3年生が知る世界では

当然、後者の枠は拡がっているわけで

成長前では、成長後の枠内の理想さえも描けない

だから

理想を描くのは無意味だと思うんだ

想像を超える善きものがもたらされる方が、断然嬉しい

さて、枠外のものをもたらすものとは何でしょう?

はい、他者。自分以外のもの

それも、知った気になっている他者ではない(過去データに基づく他者ではない)

いまこの瞬間のあなたと出会っていくことで

枠外からガツンともたられるものがある

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