完璧主義からの卒業

以前は、完璧主義でした
そりゃそうだ。ペーパーテストで100点目指してましたから
ペーパーテストから離れても、完璧を求めていました

そのお陰で沢山たくさん、色々できるようになったので、ヨシとします🌸)

完璧主義の何が苦しいって
結局1番苦しいのは自分

自分で、自分に課すハードルの高さに
時々は「もう嫌だよ~、まだ頑張らないと駄目なの」とくたびれ

他の方への要求も高いし
そんな要求を飲んでいただけるわけもなく、落胆😞

でも学びが進んだ現在
「何者かになろうと躍起にならなくていいのだな」

駄目なところこれは世間一般認識も含めて今のままで、充分完璧なのだなぁ

深~いところで、分かってからは

無駄に背負っていた肩の荷を
ポイっと捨てられたのでした

できる理由vsできない理由

できない理由が100あっても
俯瞰してみると、できる理由もやっぱり100あると思う

両者を隔てているもの

それは「前提」

できない「前提」の人には
できない理由しか見えてない

できない、を必死で証明したいし
できない、呪いを自分にかけてる

「前提」をパタンってひっくり返せたら
世界は簡単に変わるかも

己を救うのは己のみ

救えるのはご自身のみ

えっとこれ、厳しいことを申しているわけではなく
頼らず自力で乗り切れ❗️でもなく

救いの手が必要な時は「助けて!」と手を挙げたらいいのではないかな、と思うんです🤚

表面的には、どなたかに助けられる形に見えるのですが、それは他の方に反射させて
結局は、自らを助けているのではないかな、と。

だって逆に
「助けて!」って手を挙げていない方(助けを必要としていない方)って、
こちらがじたばたしても
どうにも救えないんだもん

焦らなくていい

全然結果がでないじゃないか💢
と、くじけそうになる時もあると思います。

でも思い出してください。
わたし達は、時間の拘束を受ける、地球に住んでいるのです。

あなたの高い次元エネルギーが変われば
地球3次元エネルギーは、勝手に後から変わってくる。

委ねて、その時を待つ。

遠慮しないで、目に見えない世界で変わっていい。
それが、どんな風に目に見える世界に落とし込まれるのか、楽しめばいい。

心配ないのさ。
今朝、自身に呟いたことでした。

過剰の解消

「過ぎたるは及ばざるが如し」
これはご自身が持ちうる能力にも当てはまると思います

あり過ぎるものは、無いところへ、足りないところへ
お裾分けすると過剰解消

この世のカラクリから考えると
もて余すほどのでっかい能力は
他の方のために活かすと、よい循環が生まれるようです

もて余して、手元で腐ると
ご自身が苦しいことに能力パラドックスです