毒にもなり得る‘褒め’

ここでも述べたのだけれど

似て非なるもの褒め感謝

褒めにくっついてくる構造は

主従関係(縦関係)

褒める側が上で、褒められる側が下の

上下関係

なので

この関係は対等ではない😌



褒めの誘惑に負け
自らの歓びの芽を摘んでしまうこと
って、あるよなぁ


はじめは楽しくて自発的にやっていたこと

それがウッカリ褒められて

純粋に喜んでやっていたのに
いつの間にか
褒められるのが嬉しい
に、すり替わってしまうこと
って、あるんじゃないかなぁ


褒めるって危ういことだなぁ、と


褒められて、いい気になってる
場合じゃないなぁ、と

‘褒め’の誘惑に負け

本当はやりたくもない事をやっちゃったり

本来の歓びから逸れていってしまったり


褒めを追いかけた結果
自分の本心を見失う

毒💀になる褒め
・能力を褒める
・結果を褒める
・他の人と比べて褒める
・知識を褒める
・勝負、成績を褒める
⬆️
この中毒になっていやしないか?

似て非なるもの ‘褒め’と‘感謝’

「お手伝い、偉いわねぇ( ・_・)\(^-^ )」

これは褒め
「お手伝い、ありがとう。助かったわ」
これは感謝
この微妙な差
お金を絡めてみましょう
エネルギー的に見て
大きな違いが浮き彫りになります
労働の対価としての報酬
これは褒め
労働力というエネルギーを
お金のエネルギーと交換している
ここで気になるのが
きちんと等価交換されてる?ってこと
そして更に
褒めにくっついてくる構造は
主従関係(縦関係)
褒める側が上で、褒められる側が下の
上下関係
これがうまいこと成立しているのが
一般的な会社

こういう構造

オートマティックに仕事も月給も
安定提供されている場
って利点は忘れがちだけど(笑)
労働力を提供する側(働く側)は
くたびれた割には、上前をはねられてる
感じがするよね
じゃあ、じゃあ
感謝にくっついてる構造は?
協力関係(横関係)
これは
「わたしは手先が器用じゃないから…
縫ってくれてありがとう」
とか
「こんな重い物は持ち上げられない
感謝します」
できることをしたら有難がられる
端(はた)を楽(らく)にする

褒め構造と比べると
働いた人のエネルギー目減りが少ない
上に、礼金がいただける
アドラーも
子どもを褒めてはいけない、と
人を育てるには「上から評価して褒める」
のではなく
「横から勇気づける」ことが有効だと
そうだよね
いい子ちゃんだったけど
ちっとも褒められたことがなかった私
「よい子で偉かったね」
じゃなくて
「手がかからない、よい子で助かったよ
貴女のお陰で楽できた、ありがとう」
って言われたら全て報われる気がするよ
まぁ、感謝は強要するもんじゃないからね😉