未分類

やっぱりアファンタジアかもしれない |昔の写真で気づいた“映像が浮かばない”特性と、その恩恵

アファンタジアについては、この記事でも書いたのだけれど

自分の頭の中に映像が浮かばない

このないは中々説明しがたいわ、比較しがたいわ

で未だに確証が持てずに居ます。

昔の写真で、アファンタジアかもしれないと気づいた

そんな折

とても古い写真を見る機会が発生しまして…

網走刑務所には行ったことがあるよ!と思って、ガサゴソ古い写真を発掘してみたんです。

これこれ~    ↓

なんと27年前。多分、写ルンですで撮った。
コケたところを撮(盗)られていた。

今と違って、撮り直しが利かなくて現像するまでどんな写真か分からない。

結構くだらなかったり、ひどい顔してたり、微妙な写真が、あの時の空気感を捉えててかえってよかった。

自分の頭の中に映像がないのかもしれない

それで驚いたのが

(約30年も前、その後写真を見ることも話題に上ることもなかったのに)

写真に写った友達たちの名前がスラスラ出てくる、出てくる‼(50人overは出てきた!)

ちょっと我ながらギョっとした。

子どもの頃の記憶があいまいな理由

子どもの頃のこととか

割と綺麗に覚えていないんだけど

ただの忘れん坊でもなく、思い出したくもない過去を持っているからでもなく

トリガーとなる映像が頭の中にないからでは??

昔から写真はあんまり撮らないし(特に人物)、見返しもしないから

ちっとも気づかなかった。

やっぱり、いま目を開けて見ている映像以外浮かんでいないのでは??

映像が浮かばないことのよさ

ということは、だ。

映像刺激に捕まりにくいから

実は「いま、ここ」にいやすいのでは⁉

トリックアートを見ると

いかに映像刺激が強いか、よく分かるもの。

それは、ないほうがいいから

☑︎頭の中に映像が浮かびません

☑︎早く走れません

☑︎胸が豊かではありません

☑︎遠くがよく見えません(超近視)

☑︎土地を持っていません。持ち家もありません

なんかね、色々ないんだけど

これってどうもないほうがいいから、なんじゃない⁉って思うんだよね。

この人の、この人生を運営していく上では、あると不利なのよ。

人生を全面的に信頼する立場をとると

ないことに意味があるんだと思う。

\ 最新情報をチェック /

-未分類
-, , , ,

PAGE TOP