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自己犠牲世代は、自分を満たすことに罪悪感がある

三尺三寸箸の話をご存知でしょうか?利他を説く仏教の話。

1メートルの箸

こういう話に触れると、自分を満たそうなんてのは間違ってない??と思いませんか?

今日は、自分を満たすこと=利己ではないよっていうお話です。

へい

そもそも「利己的ではなかろうか?」

と振り返る人は自己中じゃない(笑)

自己犠牲世代って?

ざっくり言って、昭和生まれ世代。

わたしは『おしん』をViva自己犠牲洗脳装置と勝手に呼ばせてもらっているんだけれども

(へい自身はテレビ見せてもらえない家の子だったので、『おしん』観たことない。)

☑我慢が美徳

☑耐えることが一人前(石の上にも三年)

☑努力と根性

☑今は我慢して将来に備える

「欲しがりません勝つまでは」が、まだかなり根強く残っていたんだね。

自分を満たすと湧く罪悪感の正体

自分を優先することは悪!っていう感覚を、文化的にも世代的にも心理的にも

徹底して叩き込まれて育ったというわけ。

そう感じるように訓練されてきた

休むと「サボってる気がする……」

楽しむと「申し訳ない……」

って気持ちになるように、何度も何度も(知らず知らずのうちに)学習させられた。

あなたがそういう性格だからではない。 

自分を満たすことは裏切りじゃない

昭和モデル

自分を満たすことは、わがままだ。わがままな人は嫌われ、人間関係が壊れる。

令和モデル

自分を犠牲にして枯渇すれば、見返りが欲しくなったり「いつもわたしばかり……」と被害者ムーブ。長期的に見ると人間関係が壊れる。

満たす順番は、(最も近い存在の)自分⇒他の人の順

それで「自分を満たす」とは?

超ベビーステップで行きましょう。

なにしろ、文化的にも世代的にも心理的にも徹底して叩き込まれて育ったんですから。

☑好きな飲み物にする

☑5分だけポカンとする時間を設ける

☑嫌な誘いを、1回だけ断る

罪悪感が湧かない範囲から始めて、成功体験を作っていきましょう。

罪悪感が湧いても失敗ではない

罪悪感は湧いて当然!

幼稚園(保育園)で、こんなことを習いませんでしたか?

① みんなと仲良くしよう(協調性)
→ ケンカしない・輪を乱さない
👉 自分の気持ちより「場の空気」を優先

② 順番を守りましょう・譲ろう
→ ブランコやおもちゃを譲る
👉 欲求よりも公平・他者優先

③ わがままを言わない
→ 泣かない・駄々をこねない
👉 感情のコントロール=良い子

④ 人に迷惑をかけないようにしよう
→ 静かにする・勝手な行動をしない
👉 個人行動より集団秩序

⑤ 困っている人を助けよう
→ 転んだ子に手を貸す
👉 これは純粋な利他性

自分を抑圧できるほど、いい子だった。そんな英才教育を受けているのだから……

罪悪感が湧く=古いシステムが作動した。だけのこと

罪悪感に巻き込まれないコツ

「おっ、古いシステムが作動したな」

この気づき!

で、罪悪感に巻き込まれなくなる。

罪悪感(という一種の思考の動き)と自己の同一化を弱める。

時間をかけて書き換える

自分を満たすことは習慣の再学習。利き手を変えていくと思って

何度も何度も少しずつ続けていくといつかできるようになる。

神経系を書き換えていく作業。

時間はかかるけれど、‘自分を満たした方が持続可能’と仕組みが分かっていれば

少し楽なんじゃないかな?

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